切削工具に欠かせない理由と、高騰時代の“技術で選ばれる”工具づくり
金属加工の現場で使われる切削工具には、大きく分けて「ハイス(高速度鋼)」と「超硬合金(WC+Co)」があります。
ハイスは、靭性が高く折れにくいことから、タップやセンタードリルなど、衝撃や曲げがかかりやすい工具に今でも広く使われている大切な材料です。
一方で、高能率・高精度・長寿命が求められる量産加工や、再研磨を前提とした運用が必要な工具では、より高い硬度や耐摩耗性、高速切削への耐熱性、刃先形状の再現性が不可欠になります。
こうした条件を満たす主役の材料が、レアメタルであるタングステン(WC)とコバルト(Co)を用いた「超硬合金」です。
本コラムでは、量産加工・高能率加工に用いられる超硬切削工具を前提に、レアメタルが支える性能と、材料高騰時代に求められる工具メーカーの役割について整理します。
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超硬が「鋼より硬いのに折れにくい」理由
超硬合金は、WC(タングステンカーバイド)とCo(コバルト)を粉末冶金(焼結)によって一体化させた複合材料です。
WCはダイヤモンドに次ぐ高い硬度を持ち、刃先の耐摩耗性を担う成分です。長時間の切削でも摩耗しにくく、刃先形状を安定して保つ役割を果たします。
一方、CoはWC粒子同士をつなぐ金属結合の役割を持ち、衝撃を吸収して欠けや割れを防ぐ靭性の源となります。
この二つを組み合わせることで、「鋼よりはるかに硬いのに、折れにくい」という、切削工具にとって理想的な特性が生まれます。
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WC/Co比率と粒度が工具性能を決める
「超硬」は、WCとCoの比率、さらにWC粒子の大きさ(粒度)によって、性能は大きく変わります。
WCの割合が多くなると硬度が高くなり、耐摩耗性と寿命は向上しますが、その分チッピングが出やすくなります。逆にCoの割合を増やすと折れにくく靭性は高まりますが、摩耗は早くなる傾向があります。
また、WCの粒度も重要です。微粒(0.5〜1µm程度)の材種は靭性が高く欠けに強く、粗粒(2〜3µm程度)の材種は硬度が高く摩耗に強い特徴があります。
つまり、どの材質・粒度を選ぶかという「材種選定」だけでも、工具の寿命、面粗度、再研磨回数といった要素が大きく変わってきます。
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素材性能があるからこそ、刃形状技術が活きる
サブランド、段付き、チャンファ、マージン、ねじれ角など、切削工具の設計にはさまざまな工夫が盛り込まれています。しかし、どれほど高度な設計であっても、素材側の強度や靭性が不足していると、本来の性能を発揮できません。
たとえば、
刃先がすぐ欠けてしまう、面角度が安定しない、再研磨しても形状や性能が戻らない、といったトラブルは、設計だけでなく材質の選定や粒度のミスマッチが影響している場合も少なくありません。
逆に言えば、WCとCoのバランスが適切で、粒度も用途に合った超硬材を土台に、その材質特性を前提とした刃形状設計を行うことで、加工精度・寿命・再現性を大きく引き上げることができます。
素材(超硬合金)が土台となり、その上に刃形状という設計技術が乗ることで、はじめて切削工具の価値が最大限に引き出されます。
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タングステン(レアメタル)価格高騰の背景
超硬合金の主成分であるタングステンは、レアメタルのひとつです。ここ数年、タングステン価格の高騰や供給リスクが世界的に問題視されるようになってきました。
背景には、主に次のような要因があります。
第一に、中国への依存度の高さです。世界のタングステン産出の多くを中国が占めており、環境規制による採掘制限や、国内産業を優先した輸出管理などの影響で、国際市場に出回る量が減少しています。
第二に、EV・電池、風力・太陽光といった再生可能エネルギー設備、半導体・電子部品、航空・防衛産業など、タングステンを利用する産業の需要が世界的に増加していることが挙げられます。供給を急に増やせないなかで需要だけが伸びているため、タングステン価格の高騰は構造的な問題になりつつあります。
こうした背景から、超硬切削工具の価格も、メーカーの企業努力だけでは吸収しきれないレベルで上昇せざるを得ない状況が生まれています。
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材料高騰のいま、“技術で選ばれる工具づくり”が価値を生む
タングステンが高騰し、入手も不安定になりつつある状況は、ユーザーにとってもメーカーにとっても厳しい環境です。しかし見方を変えれば、切削工具メーカーの技術力がより分かりやすく評価される時代になったとも言えます。
まず、設計力です。
同じ材種を用いていても、刃形状の設計によって切削抵抗、チッピングの出方、面粗度、寿命のばらつきは大きく変わります。素材が高い今こそ、「どこまで設計で負荷を抑え、寿命を伸ばせるか」という点が、お客様のコストに直結します。
次に、再研磨で性能が戻る工具をつくる力です。
材料が高い時代、ユーザーが本当に求めているのは「再研磨しても角度・寸法・面が安定している工具」です。初期性能だけでなく、何回か研いでも性能が落ちにくい設計かどうかが、工具の価値を大きく左右します。
さらに、材質選定から加工条件、再研磨サイクルや寿命管理までを含めた「運用の提案力」も重要になってきます。どの材種をどう使い、どのタイミングで再研磨に回すのが最も合理的なのかを一緒に考えられるメーカーは、「原料が高くてもトータルコストを下げてくれるパートナー」として選ばれやすくなります。
短い事例
ADC12の複合加工において、従来の2枚刃工具では横方向負荷による角度不良やチッピングが問題になっていました。そこで、超硬材の耐摩耗性と靭性を前提に、4枚刃サブランド構造のエンドミルへ変更したところ、45°面取り角度の安定、チッピングの大幅な低減、再研磨後の形状再現性の向上といった効果が得られました。
素材(WC×Co)、設計、再研磨性がかみ合うことで、現場の課題が数字として改善された一例です。
まとめ
超硬切削工具の性能は、レアメタルであるタングステンとコバルトが生み出す材料特性と、それを前提とした刃形状設計、さらに材質選定と再研磨を含めた工具運用の三つの要素の掛け算で決まります。
ハイスにはハイスの得意分野があり、今も現場で重要な役割を果たしています。一方で、高能率・高精度・長寿命が求められる多くの場面では、超硬合金が切削工具の中心的存在であり続けることも事実です。
タングステン高騰という外部環境を踏まえると、これからの切削工具メーカーには、「素材に頼るだけでなく、設計と運用の提案によって選ばれる工具をつくること」が求められていると言えるでしょう。

